芸術

ぶらりアムステルダム レンブラントの『夜警』に会いに

8月の話ですが、旅行の帰り道トランジットの時間を利用してアムステルダム国立美術館にぶらりと行ってきました。
同志社大学の授業で沢山見せられた西洋絵画の数々。バロック美術といえば光と闇の対照を劇的に描いたカラヴァッチョ、ルーベンスやフランドル絵画、その中でも17世紀を代表する画家、レンブラントの『夜警』はいつか見てみたいなーと思っていた1枚。

美術館内を好きなだけうろうろし、沢山の人だかりが出来ている奥の部屋を目指してのんびり歩いていましたが、その絵が遠目で見えた瞬間、なんとも不思議な感覚になりました。

見えてきた・・・

レンブラントは明暗の表現に長けていると教科書の中では知っていましたが、特に「明」の部分が思った以上に鮮明でびっくり。

それに全体がとってもドラマチック。

そう、何となく皆が「演じている」ような風景で、目線や動きがまるで舞台のようでとっても存在感がありました。
何よりも明るい!スポットライトを浴びているかのような浮き上がり方。堂々とした威厳。

名画と言われ歴史に残っている巨匠たちの作品は、世代を超えて人を魅了する何かが宿っている。
当たり前のことなのかも知れませんが、改めてそう感じた時間でした。

Mavitaを立ち上げた時に、社名の中に意味を込めた古いラテンの言葉。*『Mavita』の意味

Ars Longa vita brevis.

“芸術は人の人生より長い”

本当にその通り。人の作り出す芸術は、作者がこの世を去った後もずっと残ります。
そして後世の人たちを刺激し、励まし、そして慰めてくれる。
人の情熱が生み出した何かは、誰かの生きる上での豊かさを与えてくれるものとなるのですね。

大自然が惜しみなく見せてくれる圧倒的な一瞬の特別な風景。そして人の作り出す芸術の奥深さ。
この夏は両方を感じる旅をしました。

『ユダヤの花嫁』見れば見るほど、とても温かい気持ちになりました

トランジットの短い滞在でしたが、オランダに寄れて良かったです。

 

 

 

 

 

 

久しぶりの『スパルタク』

4月初旬、久しぶりにボリショイ劇場の『スパルタク』を観て来ました。

カーテンコール

現在ボリショイ劇場で上演されているグリゴローヴィチ版の同演目は1968年の4月9日が初演でした。つまり今年は丁度50周年に当たる年。久しぶりにハチャトリアンの壮大な音楽と、男性ダンサー総動員の迫力のある舞台に大興奮。笑

1968年の初演の際、指揮をしたのは現在もボリショイ劇場の指揮者を務めているゲナーディー・ラジデェストヴェンスキー(Геннадий Рождественский)だったのですね。彼も86歳でまだご健在。現在91歳のグリゴローヴィチしかり、天才たちと今を共有出来るということはとても幸運なことだと思います。

グリゴリーヴィチの演出は無駄なマイムを排除して、ダンサーのステップで音楽を見せるというものですが、そのステップの中に登場人物たちの葛藤、愛や仲間への思いを込め、また音楽の旋律は彼らの感情を最大限に生かす役割を担っています。音楽と演出、振り付けや舞台装飾と、舞台を作る一つ一つの構成要素が合わさって全てがピタリとはまる。それが舞台芸術の素晴らしさであり、生物というドラマを仕立て上げます。

主役の4人。カプツォーワ、ロブーヒン、シプリナ、ボロチコフでした

ダンサーたちはその表舞台を飾る代表であり、総仕上げを担っている責任重大な人たちですが、ダンサー含め舞台に関わる全ての人の尽力あってはじめて、お客さんを楽しませることが出来ます。

「完璧」な本番を提供することがいかに大変か…

バックステージツアーでは、舞台の裏方さんたちの作業風景や、歌手やダンサー、オーケストラの練習風景、また照明調整の場を垣間見ることがあります。(*注:劇場スケジュールは毎日違っているので見学出来る日と見学出来ない日があります)

本番とは違う普段の劇場の姿に触れる度に思うのは、
舞台だけでなく、どんな物事も自分一人の力だけでは成し得ない事が沢山あるのだなという事です。

現在マリウス・プティパ特集をしている特別展示室より

舞台ってやはり全身で楽しむのもだなと、改めて感じた夜となりました。