人生あれこれ

覚悟とは

留学を考えているとか、お子さんをバレエ留学させたいとかそういう話を聞くのですが、「留学」が果たして良いのかなーと思ったので、今日はそれについてです。

以前コンプレックスという記事をアップしましたが、それにちょっと似ている内容になるかも知れません。

この薔薇私の?

私がバレエ学校に留学した時は15歳で、中学校の卒業式間近の時でした。
その時はとにかく高校へ行くならその3年間留学する!と決めていたので、その夢が叶ってウキウキしていた状況でした。

しかしモスクワに来てみると全く予想出来ていなかった環境で、かつ職業訓練としてバレエに従事している同年代の生徒達を目の当たりにして、バレエは趣味の延長でしかなかったこと・自分の不甲斐なさなど、とことん凹んでしまい挫折のようなものを味わいました。

「こんなはずではなかった」という思いを抱えた私。

それはつまり、全く覚悟が足りてなかったのです。

 

あれから大分時間が経ってしまいましたが、中学生の後(15歳)に留学するのと、高校を終えてから(18歳)留学するのとでは、根本的に気持ちの構え方が違うのだなと友人と話していて気がつきました。

高校生だと卒業後は友人達も大学生になったり専門学校へ入ったり、就職したりそれぞれの人生に進んで行きます。その時に留学を選ぶのと、周りの皆と一緒にある意味中学の延長上にある高校へ上がる時に留学するのではやはり将来に対する考え方が違いますよね。若ければ若いほど、漠然とした不安はもっと漠然としています。しかし二十歳も近くなると、やはり自分の人生の捉え方のようなものがぼんやり、しかし少しリアルに見えるようになります。たった3年の差なんですけど。

10代って多感な時期で、物事の捉え方があやふやで、自信がなくてけれど何でも一生懸命で気持ちと身体のバランスがずれて…と忙しい時期ですよね。なので留学は若ければ良いという訳でもなく、また非常に個人差のあることだと思います。

親の理解や周りの人たちのサポートがあってこその留学だとは思いますが、そこへ行って現実と向き合うのは本人です。そこで何が出来るのか、何をするのか、どんな状況でも本人も親御さんも受け止める覚悟がないと現実に飲まれてしまうだけです。

・・・と別に脅かす訳ではありませんが(笑)

バレエ留学に限らず、語学留学や浪人、進学、就職、転職、結婚、子育てなど生活の中で何かを選択するときって、きっと何かしらの覚悟が伴います。
ただそれはそんな大それたことでもなく、単純に「自分で選ぶ」ということなんだと思います。

 

なので情報に流されることなく、チャンスがあれば掴めば良いし、やってみて失敗しても、それは失敗ではなく人生の糧になるわけだし、そこから学ぶことも沢山あります。やってみてその方向へ進まなかったということは、きっとそれ以外に自分がやらなきゃいけないことや行くべき場所があるという事ですし。それに気がつけるチャンスなのだと。

 

何でも試してみないと分かりません。
なので躊躇することなく、自分が良しと思う事があれば思い切って飛び込んでみてはどうかと思います。

自分が選んだのであれば、きっとどんな結果になっても後悔しないですし。
というか後々振り返ったときに、後悔するよりもきっと学びの方が断然多い人生になりますから。

どんな毎日でも夜は明けます

どんなことも、挑戦あるのみですね。

 

 

 

 

 

夫婦のかたち。人と人の間で生きるということ

小林麻央さんについては、今日本のメディアで報道されています。

盛んに言われている悲しみの言葉ですが、
私は麻央さんはとても幸せな人生を歩まれたのではないかと感じています。
勿論、幼いお子さんを2人残して旅立たれること悔しくて悔しくてしょうがないことだと思います。
しかし、自分を生かした職業に就き、そこで心から愛せる男性と巡り合えて、彼を支えて、かけがえのない子宝にも恵まれて。
愛の言葉を残して旅立てるって、本当に、素敵なことです。
34年間の人生を彼女は精一杯歩んだのだと思います。それに短い・長いというのはないのではないでしょうか。

勿論、残された側の心痛を思うと胸が張り裂けそうです。

消化不可能な、押し寄せる自分の感情と向き合っていくしかないのですし。

死を受け入れていくことは、時間がかかります。
けれど時間をかけるしか、人の死を昇華する方法はないのではないかと思います。
闘病生活を傍らで支えてきた人たちには、少しずつ覚悟をする時間はあったとは思います。愛する人が苦しみに耐える姿を見るのは、辛い作業に違いありませんが…
けれども、そこに「いるか・いないか」という事実は全く異なり、不在は予想をはるかに超えたひりひりした感情を伴います。

ただそこに生きているだけで良いと言うことに気付かされます。
人の生ってそのようなものなのだと思います。

海老蔵さんは記者会見の翌日も舞台に立たれたとのこと。
役者という役割が、彼を支える柱になっていくのかも知れません。
舞台に立つことは、弔いの作業となっていくのかなと感じました。

家族、身近な人、周りの友人たち、また過去にひとときでも時間を共有した人たち、皆、元気に笑って幸せに生きていて欲しい。
そんなことを改めて考えさせられた報道でした。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。