Monthly Archive: 2月 2016

不法建築物一斉撤去の夜に思うロシアの変化

モスクワに戻って1週間。例年にないほど暖かな2月で拍子抜けしています。
日本は既に春一番が吹いたとか。更に20度を越えたと聞き、更にびっくりしました。
しかし暦の上では2月・如月は春なんですよね。

太陽の光もどんどん強くなってきているのを感じます。そして日も長くなってくると本当に気分が違います。
モスクワもすっかり雪が溶け、春を迎える準備を着々と進めている感じがします。

しかしお天気の神様はきまぐれ。どうなるかまだまだ分かりませんね。

さて、モスクワでは先日、2月8日の深夜から9日の早朝にかけて不法建築物の一斉撤去がありました。まるで爆撃に遭ったかのような壊滅的なお店たちを目にしましたが、殆ど1日ー2日で全ての作業を終え、あっという間に更地になっていました。

краснопресненскаяクラスノプレスネンスカヤという環状線の駅前の様子

краснопресненскаяクラスノプレスネンスカヤという環状線の駅前の様子。ここにお店があったはず、です

撤去の対象になったのは掘っ立て小屋のような小さなキオスクだけでなく、なんとムームーというチェーン展開している食堂や中央アジア料理のレストランなど、様々でした。こういう有無を言わせない圧力はさすがだと思います。

モスクワは近年大型スーパーが軒並み出現し、アメリカへの憧れか、週末になるとカートいっぱいの買い物を楽しむ人々で溢れます。しかも行商か!?という位の食品や生活用品を買いあさるロシア人も目の当たりにします。そんなに消費するのかと首をかしげたくなりますが、買えることをひたすら楽しんでいるような節があります。
アシャンというフランス系の大型スーパーに始めて行った時は、ロシアも随分と生活スタイルが変わってきたなと感じたのを覚えています。今はそういった大型スーパーは当たり前、さらにギガ・スーパーマーケットまで出現しました。昔は市場の方が大半で、野菜もお肉も量り売り。売り子さんとあーだこーだ言いながらお買い物をするのが当たり前でした。スーパーが便利なのは否めませんが、お野菜の新鮮さはやはり市場には劣ります。

以前中央アジアのカザフスタンに行ったとき、ショッピングセンターのスーパーよりも、週末に出る青空市場に集まる人たちの多さを見て、ロシアも90年代ってこうだったなぁと懐かしくなりました。モスクワ以外の地方都市でも同様でのんびりした時間が流れています。やはりモスクワだけがめまぐるしいスピードで変化しているように思います。

週末に車で郊外の大型スーパーまで行き、1週間分の生活用品や食料をまとめ買いすることは便利なのかも知れませんが、メトロ利用者や車を持っていない人たちは、駅のすぐ横にある小さなお店でちょこちょこ買い物をすることが多いと思います。むしろ急いでいるときや目的のものがはっきりしているときは、こういった小さなお店の方が何倍も便利です。

それなのにこういった市民の利便性は無視して、最近は地下道の小さなお店やキオスク等が撤去され、著しい減少傾向にあります。
しかし、このようなキオスクの中には無許可であったり労働許可のない不法滞在者によるものも多く、衛生面や税金の事などで色々と問題を抱えていたのも現状です。しかしロシアでは「なんとかなる」精神が蔓延っているため、見て見ぬふりをして見逃されるされていたのも事実でした。

ロシアはそういった「見て見ぬふり」だらけだと言っても過言ではありませんが・・・笑

これはある意味ロシア人の鷹揚さ、気にしなさ、更に言うと懐の深さとも言えるかも知れませんが、国がどんどん変わっていく中、看過出来ない事が随分と表に出始めているのだと思います。

私には見えています。放してくれる気配はないってことが

私には見えています。放してくれる気配はないってことが

古き良きソ連を郷愁の思いで懐かしむ老人、新しいモノにがめつい人々、時代の変化に微妙について行けていない若者から中年層、または変化が当然だと思っている新世代。

様々な人たちに共通しているのは「何だかんだ言ってここはロシアだ」という国への愛着。

このような現状にすっかり愛想を尽かしたお金持ちやインテリの人たちはさっさと外国に移住しているのも事実。

変化が著しいのは日本も同じだと思いますが、ロシアは更に振り幅が広く、また崩壊そして再生と、想像を絶することが日常であっという間に起こっています。その中で生活をしなくてはいけなかった人々、生きていた人々のDNAはやはり強いですね。どんなことが起ころうとも、結局は受け入れそして今目の前のことだけを見る。ロシア人のこの刹那的な生き方は、国のあり方、そして受け入れざるを得なかった現実が創り出している国民性です。

 

撤去された更地を眺めながら、ここで働いていた従業員達のことが気の毒に思った反面、なんだかんだ言いつつ既に新しい仕事を見付けてまたどこかで働いているんだろうな〜と思いました。

ロシアの変わろうとする、何か底の方にある得体の知れない動きを感じた出来事でした。

おそろしいにゃぁー

おそろしや〜がうー

バレンタイン

今日はバレンタイン。

ロシアでもここ数年День Святого Валентина(ジェン スビャートーヴォ ヴァレンチーナ)を祝うようになってきています。

日本人パティシエさんによるチョコレート。白とピンクが可愛い♪

日本人パティシエさんによるチョコレート。白とピンクが可愛い♪しかもすごーく美味しかったです!その内モスクワで販売もされるそう

ロシアのヤンデックス(*Yahoo Japanのようなポータルサイト)によると

「バレンタインデーは全ての恋人たち、恋する人たち、そして愛する人へプレゼントや甘美なメッセージを込めたカードを贈る日」

とあります。

西方教会の聖ウァレンチヌスが恋人達の守護聖人ということと、2月14日が殉教の日ということで今日がバレンタインデーとなったのは何となくぼんやりでもご存知だと思います。東方正教会ではワレンティン(ウァレンチヌス)と恋人たちというのは特に結びつけて考えられていないため、2月14日はロシアでは全く普通の日だったと記憶しています。しかしここ数年ロシアも日本と同じく「どんな祝日も取りあえずお祝いしよう」という流れがあります。とにかくお祝い事が好きってだけですね。笑

日本では女性から男性にチョコレートを贈る、という風習ですが、世界的に見ると特に女性からプレゼントするという日ではありません。
好きな人や愛する人に、普段の感謝の気持ちを込めて言葉やプレゼントを贈る日、です。

 

日本でこのバレンタインデーを「チョコレートを贈る日」に仕上げた仕掛け人は、神戸モロゾフ製菓だとも言われています。
先日友人にモロゾフさんが書いた著書を借りて読んだところだったのですが、ロシア革命に翻弄され亡命先を日本とし、そこで家族力を合わせて製菓店を展開していく彼らの波瀾万丈な歴史を知りました。戦争を挟む苦しい時代背景、外国人に対する偏見、そして外国のものや新しいものに純粋に興味を持っていた日本人の激動の時代を、彼らはお菓子作りでこつこつ乗り切ってきたんだなと思いました。

大正十五年の聖バレンタイン―日本でチョコレートをつくったV・F・モロゾフ物語

歴史の影には人々の苦難や行き場のない葛藤、そして涙や喜びで溢れているのですね。しかしこれは歴史に名を残すような著名な人たちだけではなく、どんな人も同様、オリジナルな人生があります。

 

一つの事をコツコツ続けることは、いずれ何かしらの形になるようになっていくんだと思います。その一歩一歩がないと、踏みしめる感覚を自分で覚えていかないと、上っ面だけの曖昧なものしか自分の中に残りません。それってちょっと勿体ない。
何でもある世の中だからこそ、何が自分にとって大切なことかじっくり考えていきたいですね。

生きることって様々な苦みが伴う分、甘い喜びが一層際立つんでしょうね。人生は±ゼロ。

甘〜いチョコレートに美味しいコーヒー。贅沢な時間。今ここにいることに思いを馳せます。

贅沢な時間。幸せです♪

贅沢な時間。幸せです

 

*おまけ*

ふぁーさんにはリボンのお裾分け(笑)

ムルムル嬉しそうでした

ムルムル嬉しそうでした♪

素敵な1日を。Happy Valentine`s day!!