不思議の国中央アジア/ウズベキスタン編 その1,カオス

久しぶりのブログ更新です><

先月中央アジアはウズベキスタンに行ってきました。
タシケントブハラサマルカンドの3都市。

これから2回にわたってウズベキスタンについて綴りたいと思いますが、今回は出発までのドタバタを。

まず在ロシアウズベキスタン大使館に行ってビザの申請をしたのですが、もうそこからカオスの始まりでした。

初日はこの3倍以上の人がぎゅうぎゅうに群がっていました

大使館入り口付近。初日はこの3倍以上の人がぎゅうぎゅうに群がっていました

まず入り口に順番に並んでおらず、とにかく押しくらまんじゅうの様に皆がぴったりくっついているんです。しかし何故か女性ということで「どけどけー」と皆が入れる隙間を空けてくれてその隙間を進んでドアの前までたどり着いたのは良いのですが、またぴったりとくっつかれ、とにかく満員電車のような状態。東京のラッシュアワーもびっくりです。とにかく密着。
(*数年前、人の代理でこの大使館を訪れた時も女性はこっちと別に通され外では全く並ばなかったことを思い出しました。女性・子どもを大切にするようですが、今回の旅では結構男尊女卑だなとも感じました。

そして無事に入れても厳重なパスポート&身体チェック。携帯も切るよう指示されました。

中に進むと既に長蛇の列。ただ外国人のビザ申請と在ロシアのウズベキスタン人の人たちとは窓口が違っており、そこまで混んではいませんでした。

無事に書類が受理され、ネットで申請状況を確認して「準備完了」になったら再度大使館に来てパスポートを提出してビザを張って貰うという流れでした。
在ロシアウズベキスタン大使館
PCで入力できる
ビザ申請フォーマット

パスポートを1週間くらい預けっぱなしになったらどうしよう(*ロシアではパスポート携帯が法律で義務付けられています)と不安だったので預けなくて良い事を知って一安心。
その日からウズベキスタン大使館のビザ申請ページでパスポート番号を入れてこまめにチェックをし、約5日間で完了となり再度大使館へ。

その時もまた大使館の入り口はおしくらまんじゅう状態で人がぎゅうぎゅう。。前回と同様のプロセスを経て中に入り、パスポートを提出して無事にビザを取得。今回は6日間の旅でしたが、少し余裕をみて2週間の観光ビザを申請しました。
ビザが無事貰えてほっと一息(というか既にぐったりして)なんて国に行くのだろう・・・と一抹の不安を覚えつつ、出発の日を迎え夜中にタシケントに降り立ちました。

そして・・・空港は カオス そのもの。

列に並ぶ、順番を守るという概念がすこんと抜け落ちている人たちだと誰かが言っていましたが、入国の際のパスポートコントロールの時も押し合いへし合い。順番ぬかしは平気でするわ、何だか良く分からない言い訳はするわ、ほんとに散々でした。

無事にパスポートコントロールを抜けて荷物受け取り場も、そこは カオス

税関申告書を書いて荷物をX線に通して、と、本当にごっちゃごっちゃな空港内。とにかく入国するウズベキスタン人たちは皆お引っ越しですか?というくらいの大荷物。海外で電化製品から生活用品、または商売用のあれこれを仕入れてくるのでしょうね。夜中の3時だというのに昼間の様な活気?でした。
「うんざり」の一言で、こんな所来なきゃ良かったとひたすら後悔。

しかし、ふと20年前のモスクワはシェレメチボ空港を思い出しました。薄暗い空港内で税関申告書に記入し、やたら人や荷物でごった返している中、ひやひや・どきどきしながら入国審査を待った覚えがあります。
そういえばロシアもこうだったなぁと何となく懐かしくはなりましたが・・・

取りあえず早くホテルに行って休もう。明日考えよう。という気持ちで一夜を過ごし、翌朝は寝不足のまま観光スタート。
そこからウズベキスタンの挽回劇(!)の始まりです。

タシケントでは知人のアレンジによりとにかくお買い物メイン。地方都市よりは質の良いお土産物が多いという情報の元、あちこちお店に連れて行って貰いました。

今回、私のウズベキスタンの最大の目的はザクロを食べることと「スザニ」を見付けること。
ザクロは10月が旬とのことで、それを食べにいらっしゃいというお言葉に甘えて10月に旅の計画を立てました。

とっても甘くてジューシー。とにかく大きいザクロ

とっても甘くてジューシー。とにかく大きいザクロ。大満喫!!

不思議の国中央アジア/ウズベキスタン編その2,スザニに続きます。

 

リガ・ぶらぶら街歩き/レオン・バクスト展

先日行ったラトビアのリガではたまたまですが、バクスト展を見付けてしまいました。

発見!!

!!!

現在モスクワのプーシキン美術館でも開催中ですが、ここでも・・・!と一気にテンションが上がってしまいました。

どきどきしながら入ってみると

どきどきしながら入ってみると

やっぱりここでも!!

やっぱりバクスト!!

チケット販売スペースは吹き抜けになっていて気持ち良い空間

チケット販売スペースは吹き抜けになっていて気持ち良い空間

今年はバクスト生誕150周年の年に辺り、あちこちで展示会が開催されているんですね。

レオン・バクストは1866年現在のベラルーシ生まれ。一家で当時ロマノフ王朝の都であったサンクトペテルブルグに移住しペテルブルグ帝室美術院で美術を学びます。1898年からディアギレフが手がけた「芸術世界」の表紙や挿絵などを任されるようになり、その名が知られるようになっていきました。1909年よりディアギレフ率いるバレエ・リュスが旗揚げされ、バクストはこのバレエ団の舞台装置や衣装のデザインなどを行うようになり、「火の鳥」「バラの精」「シュヘラザード」「牧神の午後」「青神」など、現在でも高く評価されている作品を手がけています。

2007年に京都国立近代美術館で開催されたバレエ・リュス展を京都で見に行った時、衣装の色合い、空気感、特にバクストの衣装デザイン画からは、ロシアで感じていた雰囲気がそのままそこにあり、懐かしいとしか言えないものでした。私の中でのロシアの色合いのイメージはバクスト。と、ちょっと大げさですが、そんな感じです。

この懐かしさからかなり興味を持ち、この展示会をきっかけに大学では改めてバレエの要に当たるバレエ・リュスに焦点を当て調べるようになりました。

さて、リガのART MUSEUM RIGA BOURSEで開催中のバクスト展。

バクストだけでなくジャン・コクトーやシャガールなどバレエ・リュスに関わった画家やアーチスト達の作品、プログラムや衣装、デザイン画、絵画など石造りの古い美術館の空間にしっとりと収まっていました。

ジャン・コクトー

ジャン・コクトー

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写真資料も豊富

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実際のプログラム

実際のバレエ・リュスパリ公演のプログラム

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《ナルシス》より。緑色がとても美しいデザイン画

《ナルシス》より。緑色がとても美しいデザイン画

森の精だと。にくらしい♪

森の魂。可愛い・・・

この躍動感。こんなプログラム素敵です

この躍動感。こんなプログラム素敵です

 

もふもふ。かわいい

もふもふ。かわいい

じっくりじっくり見入ってしまいました

じっくりじっくり見入ってしまいました

ディアギレフ率いるバレエ・リュスは1909年から1929年のディアギレフの死まで続き、ロシア・バレエ団とも呼ばれていました。20世紀初頭のヨーロッパでは衰退の途を辿っていたバレエ界に新風を巻き起こし、ロシアバレエの高い水準を見せつけただけでなく、エキゾチックな衣装やデザインは瞬く間に女性達を虜にしてモードの象徴にもなり、更に現在でいうモダンバレエの発展の要となる存在となりました。イタリアで生まれフランスで確立されたバレエを、ロシアで更に成長させ西欧に逆輸入したバレエ団なんですね。

バレエ・リュスに関わった芸術家は本当にびっくりするくらい豪華なメンバーです。ダンサーはミハイル・フォーキン、ニジンスキー、バランシン、音楽家はプロコフィエフ、ストラヴィンスキー、ラヴェル、ドビュッシー、美術はピカソ、マティス、ミロ等々挙げ切れていません。またシャネルも金銭的な援助をしたことも有名です。何か面白く新しいことをやってやろうというディアギレフに、沢山の芸術家が賛同し化学反応を起こしていたんだと思います。当時若手だった芸術家を早くから見抜き、また成熟していた芸術家とも関わり舞台を作り上げていたんですね。何て贅沢!としか言いようのない仕事っぷりです。その時代に行ってみたいです。ただ押しの強いディアギレフとは喧嘩別れする仲間も沢山いたようです。

しかしこのディアギレフを突き動かしていたのは芸術へ信念と明確なビジョン、そして絶対出来るはず!と言うものではないかなと思います。
楽しいことをやってやろうという思いが根本にあると、人はどんどん巻き込まれていきますよね。

サプライズで大満足なリガでの一時でした♪

 

モスクワのプーシキン美術館でも《レオン・バクスト生誕150年展》は8月28日まで開催中です。

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